2-1 試料支持膜やマイクログリッドの用途
ここで取り上げる試料支持膜やマイクログリッドは、粒状、板状、針状などの形状を持つ紛体や微粒体、超薄切片やFIB加工試料など薄膜状試料、あるいは蒸着微粒子など、透過電子顕微鏡で観察する各種のサンプルを支持する基板として利用されるものです。
ここで取り上げる試料支持膜やマイクログリッドは、粒状、板状、針状などの形状を持つ紛体や微粒体、超薄切片やFIB加工試料など薄膜状試料、あるいは蒸着微粒子など、透過電子顕微鏡で観察する各種のサンプルを支持する基板として利用されるものです。
理想的な支持膜とは、電子線に対して完全に透明(透過率=100%)であり、ビーム損傷を受けず、帯電をせず、無構造であること。さらに、試料を載せ易い表面状態を有することと言えます。
しかし、残念ながらこのような理想的な支持膜は存在しません。どのような支持膜を用いても、その上に試料を支持する限りは支持膜の存在に伴う像質劣化等の影響を防ぐことはできません。これに対し、多孔質支持膜であるマイクログリッドは、その開口部に橋渡しのできる試料の場合は、支持膜に相当するものが存在しない孔の部分(視野)に張り出した状態にある試料の観察ができるため、像質劣化を伴わない理想的な試料支持を確保する一つの方法であると言えます。
1. 薄膜化し易い高分子材料を用いた(単層の)薄膜はビーム損傷を受け易く、また帯電も引き起こします。
2. ビーム損傷や帯電に耐性を持つ無機材料や金属材料の場合、それらを単独で用いて薄膜化することは困難です。
3.上記両者の特性を互いに補完する目的で高分子材料と無機・金属材料の複合薄膜が作製され、多くの応用領域で利用されています。
4.高倍率観察においては支持膜の粒状構造がバックグラウンドノイズとして視認できるようになるため、できるだけ薄い支持膜が要求されます。
5. 粒状構造の小さな支持膜の例として、カーボン、アモルファスGeやアモルファスSiの支持膜が挙げられます。
6.すべての試料に適用することはできませんが、開口部に支持膜の無いマイクログリッドは理想的な試料支持体と言えます。
7.カーボン蒸着が多用されるのは、高分子支持膜やマイクログリッドへのコーティングが容易であり、ビーム損傷や帯電の防止に有効なためです。 また、密度やバックグラウンドノイズが小さく薄膜化が容易なためでもあります。
8.しかし、カーボン蒸着膜の表面は疎水性のため超薄切片の積載作業に困難を伴うことなどの不都合な部分もあります。
9.多くの支持膜表面は疎水性ですので、水中に懸濁されている試料やガラスナイフのボート水面上の超薄切片試料など、水系試料を支持膜上に
保持することが困難になる場合が多々あります。
10.上記のような水系試料を扱う場合には、疎水性支持膜表面をプラズマ照射により親水化処理をすることが有効です。
また、ブチラール膜に代表される親水性表面を持つ支持膜を利用する方法もあります。
以下に、各種材料の薄膜やマイクログリッドの作製手法を記載します。それぞれの手法の詳細については多くの参考図書が刊行されていますのでそれらを参照してください。
膜の種類 | 主な作成手法 |
---|---|
高分子薄膜 | ①水面展開法、②ガラス(またはマイカ)表面流涎法、③引き上げ法、④CVD法 |
金属薄膜 | ①真空蒸着法、②スパッタ法、③CVD法 |
無機材料薄膜 | ①真空蒸着法、②スパッタ法、③CVD法 |
プラスチックマイクログリッド | ①撥水基板冷却法、②息吹きかけ法 |
一般的な支持膜材料を以下に示します。
膜の種類 | 主な作製法 |
---|---|
高分子薄膜 | ①コロジオン(硝酸セルロース)、②トリアセチルセルロース、③フォルムバール(ポリビニルフォーマル)、④ポリビニルブチラール、⑤トリアフォール、など |
金属薄膜、無機材料薄膜 | ①カーボン、②Ge、③BN、④SiO、⑤SiO2、⑥SiN、⑦SiC、⑧Si など |
利用するTEMの加速電圧に応じた適切な支持膜の厚さがあります。不適切な厚さの支持膜を利用しますと、観察中に支持膜が破けることがありますのでご注意ください。(使用可能な支持膜の中からできるだけ膜厚の薄いものを選ぶのが良いでしょう)。
加速電圧 | 主な材料 |
---|---|
70 ~ 125 kV | ①高分子薄膜(30~40nm)+カーボン薄膜(10~15nm)の複合支持膜 ②カーボン(8~20nm)単層膜、 ③Ge(8~20nm)単層膜 ④アモルファスSi(5~10nm)単層膜、など、 |
150 ~ 300 kV | ①高分子薄膜(20~30nm)+カーボン薄膜(20~30nm)の複合支持膜 ②カーボン(8~20nm)単層膜、 ③Ge(8~20nm)単層膜 ④アモルファスSi(5~10nm)単層膜、など、 |
1. 一般的にはデシケータ内にて室温保存してください。
2. 1ヶ月以上の長期保存の場合には、真空恒温槽あるいは不活性ガス雰囲気の恒温槽内で定温保存(15~20℃の間の一定温度)してください。
支持膜は作製後に経時変化が必ず生じます。これを最小限に抑えるためには適切な保存法で保管することが大事です。
以下に経時変化として現れる主な問題点を示します。
1. 保存雰囲気からの有機・無機ガス吸着によるコンタミネーションが支持膜表面特性を変化させます。
2. 日間、週間、月間の温度差は支持膜にダメージを与え形状変化をもたらします。
その結果として支持膜がグリッドから剥がれたり、膜に破損やしわが発生したり、などの不具合が生じることがあります。
3.ブチラール膜の場合、デシケータ内で保存すれば膜表面の親水性は1ヶ月程度の間は保持しますが、その後は時間経過とともに親水性が
劣化します。
4.支持膜やマイクログリッドを貼付したグリッドの酸化により、支持膜やマイクログリッドがはがれることがあります。
“グロー放電を用いた親水化処理”を施した支持膜表面の親水性を評価する方法について以下に説明します。
1.グロー放電により親水化処理された支持膜(またはマイクログリッド)上に懸濁液(あるいは水)がグリッド全体を覆うように載せます。
2. 扇型に切ったろ紙小片をグリッドのサイドに接触させて懸濁液(または水)をゆっくりと吸い取ります。
この時の懸濁液の吸い取られ方により親水性の有無を判断することができます。
②-a)親水性が不十分な場合
支持膜(あるいはマイクログリッド)表面の親水性は不十分であり疎水性が残存している場合は、盛り上がった水滴の形状のまま“ろ紙”に引かれるように吸い取られるます。このような時には再度親水化処理を行ってください。
②-b)親水性が得られている場合
支持膜(あるいはマイクログリッド)表面の親水化処理が適切になされている場合、懸濁液(あるいは水)がグリッド(メッシュ)全体を覆ったまま液層が薄く残るように“ろ紙”に吸い取られます。
注意)親水化処理が多すぎて、支持膜(あるいはマイクログリッド)が破れた状態になっている時にも同様の状態を示しますので、上記の親水性評価後には必ず光学顕微鏡などで支持膜(あるいはマイクログリッド)が破損せずに良好な状態を保っているか否かをチェックしてください。
*親水化処理装置の説明書を参照して、グロー照射のしすぎによる支持膜やマイクログリッドの破損を招かないように注意してください。
支持膜やマイクログリッドにダメージを与える事なく、その表面に親水性を持たせるように処理する事が大切です。